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木津飛行場跡
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大正区にかつて民間飛行場があった!

大正駅から西船町行き市バスで20分、中船町下車。
記念碑は大きなループの木津川新橋下にありますが、「木津川飛行場」
はその西側にありました。
【木津飛行場のあらまし】
大正9年、逓信省に新設された航空局は、大正区木津川尻の船町231,000uを
飛行場用地に内定し、大正15年から拡張整備に着手し、昭和4年4月1日、
水上機と陸上機の双方に共用できる「木津川飛行場」が開業しました。
日本航空輸送会社が大阪と名古屋、福岡間に毎日2往復、日本航空研究所が
大阪と高松、白浜間に週末1往復運航、旅客・貨物・郵便の輸送にあたりました。
その後、次々増便し、昭和13年の年間発着数は国内飛行場のトップクラスになりました。
しかし、滑走区域は東西720m、南北450m程と狭く、大阪の都心から近いものの
市街地からは市電で鶴町に行き、木津川を渡る橋梁がなく渡し船を利用しなければ
なりませんでした。
また、どの方向から進入しても障害物が多く、さらに川霧や工場の煙が離着陸の
妨げとなり、事故が続発。南港の国際飛行場化計画(大和川国際飛行場計画)もあり、
木津川飛行場は衰退、していきました。
現在は映画「ブラックレイン」のロケ地にもなった製鋼所の巨大な工場地になっています。
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